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4月 若き日に汝の造り主を覚えよ ~2001年の詩篇62篇のメッセージより~

これからの君に必要なことは、聖書を読み、祈ることを覚え、少しずつ信仰の道に分け入ること、自分がどこに

置かれても、どんな状況にあっても、神に信頼することによって道を開いていく体験を重ねることだ。 すると、学歴とか地位とか名誉とか、そんなものを全部度外視して、大きな魅力が備わる。人が吸い寄せられて来るような、この不思議な魅力は、平凡な人間にはない。何か不思議な、その人にしかない独特な、個性と言って良いものが備わるのだ。そういうものは学校でも教科書でも身につけられない。それは、君が人生で真剣に格闘する中から生まれるものだ。君の内にすでにあるものが磨かれて外に現れるのだ。君の中にあるすばらしいものが、苦しみという坩堝を通して花開くのである。 多くの人は苦しみを厭うが、それでは自分をたくましく磨き上げていくことができない。磨かれた人間のたくましさこそが人の魅力なのだ。本が読めるだの、英語が話せるだの、そんな小手先の話じゃない。もっと人間存在としての重み、充実感、存在感の問題だ。それに人は引き寄せられるのである。そういう若者が次々とここから巣立って行くことを私は願っている。 多くの場合、若者は自分で自分の魅力を分かっていない。生かすも殺すも自分次第だと思っている。しかし、そうではない。神次第なのである。神のところにくれば花開くし、神から遠ざかれば自分でやるしかない。この真理をぜひ覚えておいてほしい。自分を生かすか殺すかは若いときに決める。どういう道を選ぶか、これはもう運命の分かれ道である。ここにいる20歳の人間が、もし、今から真剣に取り組むならばその10年先は楽しみだ。 大学行こうが行くまいがそんなことは二の次だ。それよりも自分をどう創り上げていくか、そのことに本腰を入れることだ。私たちを本当に鍛えてくれるのは現実であり、書物でも人間でもない。この現実をどれだけしっかり見ることができるか、その目にかかっている。人生に対するひたむきな姿勢にかかっている。自分の魅力を内側から掘り起こすことができれば人生は輝く。魅力的な人になる。存在感のある人間になる。 私は今、五十年の自分の人生を振り返り、ただもう、その前に頭を下げている。「何という素晴らしい人生を、神様、あなたは私に用意してくださったことでしょうか。それを輝かせるために、あなたは私と共にあって、どんなに労してくださったことでしょうか」と。 君たちはこれからだな…。たった一回限りの人生だ。ぜひ、後悔のない素晴らしい人生を送りたまえ。